大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成9年(ネ)4798号 判決 1998年9月30日

控訴人

石井崇義

右訴訟代理人弁護士

平岩敬一

松延成雄

被控訴人

有限会社山信不動産

右代表者代表取締役

中山忠信

右訴訟代理人弁護士

畑山穰

主文

一  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

二  右取消しに係る被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする

事実及び理由

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二  実案の概要

一  当事者間に争いのない事実等

(特に明示しない限り平成六年に生じた事実である。以下、同じ。)

1  被控訴人は、宅地建物取引業者である。

2(一)  石井重機株式会社(以下「石井重機」という。)は、原判決別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地一」という。)を所有していた。

(二)  控訴人は、同目録記載二の土地(以下「本件土地二」という。)を所有していた。

(三)  石井重機の代表取締役である石井志治は、同目録記載三の土地(以下「本件土地三」という。)を所有していた。

3(一)  控訴人は、五月一七日、控訴人との間で本件土地二について売却のための専任媒介契約(以下「本件専任媒介契約」という。その有効期間は、契約締結後三か月と定められている。)を締結した(甲八)。

(二)  七月一一日、東和住宅販売株式会社(以下「東和住宅販売」という。)との間で、石井重機は本件土地一につき、石井志治は本件土地三につき売却のための一般媒介契約を締結した。

(三)  株式会社マツハシ(以下「マツハシ」という。)は、同月中に有限会社浅岡(以下「浅岡」という。)との間で土地購入の一般媒介契約を締結した。

4(一)  被控訴人は、東和住宅販売とともに、七月二五日ころ、控訴人及び石井志治に本件各土地の一活購入の希望者としてマツハシを紹介し、同月二七日には、本件各地についてマツハシを譲受人として国土科用計画法二三条一項の規定による届出(以下「国土法の届出」という。)がされ(甲一〇の一、二)、八月一九日に同法二七条の四第三項の規定による不勧告通知がされた(甲一〇の三、四)。

(二)  しかし、右届出は、九月三〇日に取り下げられた。

5(一)  一一月一一日、有限会社春日野(以下「春日野」という。)との間で、石井重機は本件土地一につき、石井志治は本件土地三につきそれぞれ売却のための専任媒介契約を締結した(乙六、七の各一)。

(二)  控訴人は、同月一四日春日野との間で本件土地二について売却のための一般媒介契約を締結した(乙八の一)。

(三)  また、右同日、マツハシも、春日野との間で本件各土地につき専任媒介契約を締結した(丙三)。

(四)  そして、同月一八日に国土法の届出がされ(丙八、九)、同月三〇日、不勧告通知があった(丙一〇、一一)。

6  一二月三日、春日野媒介により、石井重機は本件土地一を、控訴人は本件土地二を、石井志治は本件土地三をそれぞれマツハシに売り渡す旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、同月九日、代金の完済と引き換えに本件各土地について所有権転移登記手続がされた(甲六の一ないし三、丙五ないし七)。

二  争点

1  被控訴人の主張

(一)(1) 被控訴人、東和住宅販売、浅岡ら宅地建物取引業者(以下、この三者を「被控訴人ら」という。)は、本件各土地について七月二七日に国土法の届出の手続を代行して八月一九日に不勧告通知を得た上、農地法五条一項三号の規定による届出(以下「農地法の届出」という。)の書類も準備し、同月二五日にはマツハシに対する重要事項説明を終えていた。

そして、被控訴人らは、マツハシの金融機関に対する融資手続の進捗状況を売主側に伝えており、後は、金融機関がマツハシに対して購入代金の融資を決定するのを待つだけの状況になっていた。

(2) ところが、控訴人、石井志治及び石井重機(以下、この三者を「控訴人ら」という。)は売買規約が成立する直前の九月一二日になって他に買主を見つけたとしてマツハシとの間の売買の取りやめを要求するに至った。しかし、右の買主との間の売買は成約に至らず、控訴人らからマツハシとの売買の話を再開するように求められたことから、被控訴人らが活動を再開したところ、控訴人らは、同月二六、七日ころになって、再度、他に確実な買主が現われたとして、マツハシとの売買の取りやめを申し入れ、被控訴人らの説得を受け入れなかったため、マツハシとの売買は成約に至らなかった。

(3) その後、春日野の媒介によりマツハシとの間で本件各土地について売買の話が再度復活し、本件売買契約の締結・履行に至ったが、春日野の右媒介行為は、被控訴人らの媒介によって売主側とマツハシとの間で契約内容が実質的にすべて決定されていた売買の話を再度復活させる糸口となったにすぎない。

(4) 被控訴人らは、本件売買契約が締結される前の一一月二九日及び一二月一日、控訴人らに対し、被控訴人らを除外して成約させるならば被控訴人らにおいて媒介手数料を請求することになる旨警告している。

(5) しかるに、控訴人らは、被控訴人らの右警告を無視し、被控訴人らを除外して成約させるに至ったものである。

(二)(1) 右の事実経過からすれば、本件売買規約は被控訴人らの媒介により成約したものと認めるべきであり、少なくとも信義則上、被控訴人らの媒介により成約したものと同視すべである。

(2) なお、控訴人らの媒介の取りやめ要求によって被控訴人らが媒介から退いたのは、控訴人らが他の買主が現れて成約に至ることが確実であると言明したからであるが、本件においては、当該買主との間の売買は成立しておらず、右停止条件は成就していない。また、被控訴人らが媒介行為解消の合意をしていたとしても、その合意における被控訴人らの意思表示は、右条件が成就していないから、要素の錯誤により無効である。

(3) さらに、右事実経過からすると、控訴人らは、故意に被控訴人らの媒介による成約を妨げたものというべきであるから、被控訴人は、民法一三〇条により、条件が成就したものとみなす。

(三)(1) 本件専任媒介契約においては、「専任媒介契約の有効期間内又は有効期間の満了後二年以内に甲(依頼者)が乙(宅地建物取引業者)の紹介によって知った相手方と乙を排除して目的物件の売買又は交換の契約を締結したときは、乙は、甲に対して、契約の成立に寄与した割合に応じた相当額の報酬を請求することができます。」との合意(以下「本件特約」という。)がされている。

(2) 被控訴人らが代行した国土法の届出と本件売買契約についてされた国土法の届出とは予定価格が同一であり、本件売買契約における本件各土地の売買単価は、本件土地二の希望売却価格が坪七〇万円であったのに対し売買価格は坪六五万円となっており、本件土地一、三については、希望価格の坪五七万円がそのまま売買価格となっている。また、マツハシの金融機関からの融資も、被控訴人らが関与していたときに申込手続がされたことが有効に機能し、国土法に基づく不勧告通知が平成六年一一月三〇日に出されるとその三日後の同年一二月三日に本件売買契約が締結され、同月九日には融資金により代金の決済がされている。

(3) 本件各土地の売却の情報は相摸原の不動産業界において知れ渡っていたものであり、以上のような売買契約締結の経過と締結された契約の内容によると、宅地建物取引業者である春日野が関与していても、本件売買契約は、被控訴人らの仲介により成立したものと見るべきである。

(四) 本件土地二の仮換地の面積は三八三平方メートルであり、本件土地二の単価は坪七〇万円ということであったから、本件専任媒介契約に基づき被控訴人が控訴人に対して請求することができる報酬額は、予定代金の三パーセントに六万円を加算した額に消費税相当額三パーセントを加算した金額であり、二五六万七六三五円(円未満切捨て)となる。

(五)(1) 控訴人は、本件売買契約締結前に、被控訴人を排除して契約を締結すれば報酬請求の問題が生じることを被控訴人において警告したにもかかわらず、被控訴人を排除して本件土地二について本件売買契約を締結し、その後も報酬の支払を頑強に拒否し、被控訴人をして弁護士に依頼して本訴を提起することをやむなくしたものであって、控訴人の右行為は不当抗争に当たる。

(2) 被控訴人は、控訴人の右不法行為により弁護士費用相当の損害を被った。その額は、五七万円を下らない。

(六) よって、被控訴人は、控訴人に対し、本件専任媒介契約に基づく報酬として二五六万七六三五円及びこれに対する請求後である平成七年一月一日から支払済みに至るまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をすることを求めるとともに、不法行為による損害賠償として五七万円の支払をすることを求める。

2  控訴人

(一) 石井重機及び石井志治は、東和住宅販売のほか、株式会社フジ地産(以下「フジ地産」という。)及び有限会社廣陽(以下「廣陽」という。)との間でそれぞれ一般媒介契約を締結し、三者に対し「本件土地一及び三を至急換金したいので、時価は坪七〇万円であるが、売却価格は坪五七万円でよい。その代わり一〇〇〇万円を前払いできる買主でなければならない。一番早くその条件に合う買主を見つけてきた者の仲介で売買契約を締結する。」との売却条件を告げて、三者を競争させた。

(二) 被控訴人は、東和住宅販売とともに本件各地を一括し購入するというマツハシを右条件を満たす購入希望者として石井重機及び石井志治に紹介したが、マツハシは金融機関から全額融資を受けて本件各土地を購入することを予定していたので、右条件を満たす購入希望者ではなかった。しかるに、東和住宅販売及び被控訴人は、右事実を秘し、国土法の届出後不勧告通知があれば直ちに代金全額を支払わせるとの約束をして、石井重機及び石井志治に右届出の手続をさせた。しかし、被控訴人及び東和住宅販売は、八月一九日に不勧告通知があったにもかかわらず、マツハシをして代金全額を一時に支払って売買契約を締結させることができなかった。

(三) 他方、石井重機及び石井志治は、フジ地産において本件土地一、三を前記の条件で購入することができる買主が見つかった旨の連絡をしてきたので、九月一二日ころ、本件土地一、三をマツハシに売却することを拒否し、控訴人は、本件土地二の売却を断念した。

(四) ところが、フジ地産の探してきた購入希望者も右条件を満たすことができなかったことから、石井志治は、本件土地一、三の売却を石井重機の代表取締役社長である石井文雄にゆだね、石井文雄は、他に本件土地一、三の購入希望者が見つかったことから、九月三〇日ころ、東和住宅販売及び被控訴人に対しマツハシとの販売に関する国土法の届出を取り下げることを了承させた上、一〇月三日に本件土地一、三について新たに国土法の届出をし、そのころ不勧告通知を得た。しかし、右購入希望者との間でも売買契約は成立しなかった。

(五) 右のような経緯から、控訴人らは、本件各土地の売却を断念していたのであるが、その後、春日野が本件土地一、三の売却の媒介をすることになり、しばらくして、春日野の媒介により、マツハシとの間で本件土地二を含め本件各土地について本件売買契約が成立したものである。

(六) 以上の経緯からして、控訴人が本件土地二について被控訴人の媒介による売買の成立を故意に妨げたことはない。

(七) なお、本件特約は、当事者が紹介をした宅地建物取引業者を排除して直接取引をした場合に適用されるべきものであって、本件のように別の宅地建物取引業者が新たに媒介行為を行った結果当該当者間に契約が成立した場合に適用されるものではない。

また、仮に適用されるとしても、以上の経緯からすると、被控訴人は、本件売買契約の成立について何ら寄与していないから、本件特約に基づいて報酬を請求することはできないというべきである。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四  争点に対する当裁判所の判断

一  被控訴人らに対する媒介依頼

1  証拠(甲七の一ないし五、甲一二の一、乙五、一〇、控訴人本人)と弁論の全趣旨によると、本件各土地は土地区画整理の対象となっており、本件土地一、三の各仮換地は隣接し、本件土地三の仮換地と本件土地二の仮換地も隣接しているので、本件各土地の各仮換地は全体として見ても整形な土地となっていること、石井志治は石井重機の代表取締会長であり。控訴人は石井志治の兄であり、かつ、石井重機の取締役副社長でもあることが認められる。

2  前示のとおり、控訴人は、五月一七日に、被控訴人との間で本件土地二について本件専任媒介契約を締結しており、他方、石井重機及び石井志は七月一一日に本件土地一、三につき東和住宅販売との間で売却のための一般媒介契約を締結している。そして、証拠(甲八、一三、一六、乙二、三、五、九、一〇、控訴人本人)によると、控訴人は、ほぼ時価に相当すると考えられた一坪当たり七〇万円を売却希望価格として被控訴人に提示したが、石井重機及び石井志治は、右各土地を売却して換金することを急いでいたため、「売却希望価格を時価より安い一坪当たり五七万円とするが、その代わり購入希望者は前金として国土法による届出の前に一〇〇〇万円を支払うことにより代金を約定どおり完済する資力があることを示せる者であることを条件とする。最も早く見つかった購入希望者との間で売却契約を締結する。」と明示した上、東和住宅販売のほかに、廣陽及びフジ地産との間でもそれぞれ一般媒介条約を締結し、三者を競争させたことが認められる。

したがって、控訴人と石井重機及び石井志治とは、別個にそれぞれの所有地を売却しようとしていたものと認められる。

3  他方、前示のとおり、マツハシは七月中に浅岡との間で土地購入の一般媒介契約を締結しているが、証拠(甲一四、丙一四、証人北島武、原審被告マツハシ代表者)によると、マツハシは操業一五周年を迎えるに当たり社屋を建築する計画を立て、取引先の東日本銀行及び中小企業金融公庫から融資を受けて敷地を購入することを予定し、その候補地を探していたところ、本件各土地を知りこれが気に入ったことから、浅岡との間で、右のような資金繰りの事情を説明し、資金準備が整った時点で売買契約を締結すること及び三筆全部が購入できることを条件として本件各土地についてその購入のための一般媒介契約を締結したことが認められる。

二  被控訴人らによる媒介の状況

1  前示のとおり、被控訴人らは、七月二五日ころ、控訴人らに対し本件各土地の一括購入の希望者としてマツハシを紹介し、同月二七日には、本件各土地についてマツハシを譲受人として国土法の届出の手続をし、八月一九日には不勧告通知がされた。そして、証拠(甲九、一六、証人北島武)によると、被控訴人らは、マツハシに対し本件各土地について同月二五日に重要事項の説明を行ったことが認められる。

2  しかし、前示のとおりマツハシは金融機関から融資を受け資金準備が整った時点で本件各土地の売買契約を締結する予定であったので、融資手続との関係で、石井重機及び石井志治が条件としていた国土法の届出の前に一〇〇〇万円を支払うという条約を満たすことができない購入希望者であったと認められるところ、証拠(甲一〇の三、四、甲一三、一六、乙五、一〇、控訴人本人)によると、被控訴人らは、控訴人らに対して条件を満たす購入希望者が現れたと連絡をしたものの、マツハシに一〇〇〇万円の前払をさせることができなかったので、控訴人らに対し不勧告通知があれば直ちに代金全額を支払わせることができるとの説明をした上、国土法の届出の手続をさせたこと、そこで、控訴人は、不勧告通知があった八月一九日から一週間が経過した同月二六日ころから九月二までの間、数回にわたり被控訴人に代金の支払時期について確認をしたが、被控訴人らは、九月二日の時点においても、マツハシをして代金全額を一時に支払って売買契約を締結させることができなかったこと、以上の事実が認められる。

3  他方、証拠(甲一二の一、甲一三ないし一六、乙五、一〇、丙一四、証人北島武、被控訴人代表者、控訴人本人、原審被告マツハシ代表者)によると、石井志治は、右の経緯から被控訴人らを信用できないと考えるようになっていたところ、八月下旬、フジ地産から本件地一、三について条件を満たす購入希望者が見つかったとの連絡を受けたこと、そこで、九月二日、マツハシが代金を支払える状態になっていないことを確認した上、本件土地一、三につきフジ地産の見つけた購入希望者との間で同月一二日に一〇〇〇万円の前払金の支払を受けて売買契約を締結することにしたこと、そして、同月八日、控訴人は、石井志治の依頼により、被控訴人に対しマツハシに本件各土地を売却する話は断る旨の電話連絡をしたこと、これに対し、被控訴人は、九月一二日、一〇〇〇万円は自分が用意するとして本件土地一、三を確保しようとし、石井志治も一旦はこれを了承したが、フジ地産から異議が出されたためフジ地産の見つけた購入希望者と契約を締結するとして右了承を撤回したこと、そこで、被控訴人は、フジ地産の見つけた購入希望者との間の売買について被控訴人らを仲介人として加えるべき旨の申入れをしてフジ地産から了承を得た上、右撤回を受け入れたこと、そして、浅岡において、マツハシに控訴人らから売買は拒絶された旨の連絡をした結果、マツハシは、融資の手続を取りやめたこと、以上の事実が認められる。

4  ところが、証拠(甲一二の一、甲一三ないし一六、乙一、五、九、一〇、丙一四、証人北島武、原審被告マツハシ代表者、控訴人本人、被控訴人代表者)によると、フジ地産が媒介した購入希望者も九月一二日に前払金一〇〇〇万円を支払うことができず、数日経過しても同様の状態であったことから、石井志治は、同月中旬、右購入希望者に対しても本件土地一、三の売却を拒否したこと、しかし、石井志治が媒介を依頼していた廣陽も、被控訴人らが条件を満たす購入希望者を石井志治に紹介したとの話を聞いた七月の時点で媒介行為を中止していたため、石井志治は、みずから手配をして本件土地一、三を売却することを断念し、石井重機の代表取締役社長である石井文雄に本件土地一、三の売却先を探すよう指示したこと、そこで、石井文雄は、それまでの経緯に鑑み、代金支払の確実な買主であれば前払金の要求をしないことに方針を変更した上、九月二〇日ころ、株式会社ホットラインを介して新たな購入希望者を見つけ出し、同月二六、七日ころ、その購入希望者との間で国土法の届出をするため、マツハシとの売買に関する届出の取下げを行うよう被控訴人らに求めたところ、他方、被控訴人らは、控訴人から石井重機と石井志治がフジ地産の媒介による売買の話を断った旨の連絡を受けていたので、マツハシとの間で売買の話を復活させ、マツハシに改めて融資の手続をとらせていたこと、そこで、被控訴人らは、九月三〇日、石井重機を訪問して石井文雄にもまもなく融資を受けられるとしてマツハシと売買契約を締結するよう説得に努めたこと、しかし、石井文雄は、自分で見つけ出した右購入希望者に売り渡すことに固執してマツハシとの売買を強く拒絶したこと、そこで、被控訴人らはやむなく媒介を断念して国土法の届出の取下げに同意するとともに、浅岡においてマツハシに対し本件各土地について媒介を再度取りやめる旨連絡したこと、そして、マツハシは、融資の手続を再度取りやめたこと、しかし、石井重機と石井志治は、一〇月三日に右購入希望者との間の売買につき国土法の届出をし同月一八日に不歓告通知を受けたものの売買契約を締結するに至らなかったこと、そのため、その後は、本件土地一、三の売却話は全く進展していなかったこと、以上の事実を認めることができる。

三  春日野の媒介による売買契約の成立

証拠(乙五、乙六ないし八の各一、二、乙九、丙一ないし一四、原審被告マツハシ代表者、控訴人本人、)によると、マツハシは、控訴人らから本件各土地の売却を拒否されたことから、社屋敷地の候補地を新たに探すこととし、一〇月一八日、春日野に仲介を依頼して三か所の土地の紹介を受けたがどれも気に入らなかったこと、他方、石井志治は、一一月上旬、春日野の訪問を受けて、本件土地一、三について売却意思の有無を確認されたので売却の意思がある旨回答し、控訴人も、一体として本件土地二を売却することに応ずる旨回答したこと、これを受けて、春日野は、マツハシを訪問し本件各土地を紹介したところ、マツハシは、すでに控訴人らから二度にわたり売買の話を断られていたことや、被控訴人らが媒介に関与していた物件であったことからちゅうちょし一度は断ったこと、しかし、春日野が被控訴人らの媒介との関係では全く問題はないとの説明をしたことなどから、控訴人ら及びマツハシは前示のとおりそれぞれ春日野との間で媒介契約を締結し、前示の経緯で本件売買契約を締結するに至ったこと、売買代金は、本件土地一、三については、石井重機及び石井志治の申入れどおり一坪五七万円となり、本件土地二については控訴人の申し入れていた一坪七〇万円からマツハシの要求により五万円を減額し一坪六五万円となったこと、以上の事実が認められる。

四  控訴人の被控訴人に対する報酬支払義務の在否

1  まず、本件専任媒介契約には、三か月という期限が付されているが、被控訴人は、控訴人に対し、右期間内に本件土地二の買主としてマツハシを紹介し媒介を開始しているから、マツハシとの間の売買については本件専任媒介契約が適用されることになる。

しかし、前示の事実によると、石井重機及び石井志治は、本件土地一、三につき東和住宅販売外二者との間で一般媒介契約を締結して競争させていたのであるから、東和住宅販売及び被控訴人が見つけ出したマツハシが売却条件を満たしていなかった以上、マツハシとの売買を拒絶したのは正当であり、八月一二日ころ、被控訴人を介して売買拒絶の連絡を受けた浅岡がマツハシに対して媒介打切りの連絡をした時点でマツハシとの間の本件土地一、三に関する媒介は終了したものと認められる。

また、マツハシは本件各土地を一体として購入することを希望していたのであるから、本件土地二についても、右の時点で媒介は終了したものと認められ、本件専任媒介契約は、三か月の有効期間の経過後は失効したことになる(仮に、控訴人が依頼したことにより被控訴人らにおいてマツハシとの売買の話を復活させていたとしても、マツハシとの売買は九月三〇日に再度拒絶されているから、本件専任媒介契約は、その時点から失効したことになる。)。

そして、本件においては、控訴人らが、本件土地二について、マツハシとの売買契約が成立する見込みであるのに、被控訴人らを排除する目的であえてマツハシとの売買を拒絶したと認めるべき証拠はない。したがって、控訴人において故意に本件専任媒介契約における条件の成就を妨げたとすることはできない、さらに、右に判示した状況で被控訴人らの媒介が不成功に終わっている以上、本件においては、信義則上、被控訴人らの媒介により本件売買契約が成立したものと同視すべき事情があるとすることはできない。

2  そこで、次に、被控訴人が本件特約に基づいて報酬請求権を取得したとすべきかどうかについて検討する。

まず、本件特約は、その文言からして、宅地建物取引業者が引き合わせた両当事者が当該宅地建物取引業者を排除して当該物件について売買又は交換の契約を締結した場合を予定しているというべきであって、条項の見出しとして用いられている「直接取引」の文言(甲八)も、引き合わせた宅地建物取引業者を排除して当事者が契約を締結すること以上の意味を有するものと解することはできない。したがって、本件においては、宅地建物取引業者である春日野が関与して契約が成立しているが、被控訴人らが引き合わせた当事者間において被控訴人らを排除して当該物件について売買契約が成立している以上、本件特約が、適用されるというできである。

しかしながら、本件各土地の売買においては、国土法及び農地法の各届出、重要事項説明などが格別困難であったと認めるに足りる証拠はないし、被控訴人らがマツハシの資金繰りに特に協力したことを窺わせる事情も認められない。したがって、本件においては、売買の意思を有する両当事者を引き合わせたという点が最も重要であり、かつ、決定的な意義を有していたというべきであるが、前示のとおり、被控訴人らがマツハシと控訴人らを引き合わせた時点ではマツハシは石井志治の出した買主としての条件を満たしていなかったものであり、被控訴人らによる媒介行為も遅くとも九月三〇日には終了している。そして、石井重機及び石井志治は、八月一二日からは、本件土地と切り離して本件土地一、三についてのみ買主を探し、マツハシも一〇月一八日からは春日野に依頼して他に社屋敷地の候補地を探している。また、控訴人は、八月八日に被控訴人に対してマツハシへの売却を断る旨の連絡をした後は、本件土地二の売却について特に積極的な対応をしていない。

そうすると、春日野の媒介が成功したのは、石井志治と交替して新たに本件土地一、三の売却先を探すことになった石井文雄において、買主に前払金の支払を要求しないことに方針を変更していたところに、たまたま、マツハシから依頼を受けて土地をさがしていた春日野が石井重機及び石井志治を訪ねて売買の話を復活させたことによるものと認められ、一旦破談となった売買をそのようにして復活させることができたのは、時機も大きく影響しているが、双方から新たに依頼を取り付けて媒介行為を行った春日野の手腕によるところが大きいというべきである。したがって、仮に、春日野において、かつて本件各土地が売り出されていたことや、被控訴人らの媒介にもかかわらずマツハシと控訴人らとの間で成約に至らなかったことを熟知した上で売買の話を復活させ、成約に至らせたものであるとしても、そのことについて控訴人らの媒介行為が報酬を支払うに値する程度に寄与したものと認めることはできない(一度売買の話が進行していた物件であったことが金融機関の審査等に役立ち、マツハシにおいて融資を迅速に受けることができたとしても、その点をもって被控訴人らの媒介行為が寄与したと見ることはできない。)。

したがって、被控訴人は、本件特約によっても、控訴人に対し報酬の支払いを請求をすることはできないというべきである。

五  不当抗争について

以上判示したところによると、被控訴人は、控訴人に対し本件専任媒介契約に基づいて報酬請求権を有していないから、控訴人において本件売買契約の締結の際し被控訴人を仲介人とせず被控訴人に対し報酬を支払わなかったことが被控訴人に対する不法行為に当たるとすることはできない。

第五  結論

よって、被控訴人の控訴人に対する請求はいずれも理由がなく、これを一部認容した原判決はその限度で失当であるから、原判決中控訴人敗訴部分を取り消した上、取消しに係る被控訴人の請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官新村正人 裁判官岡久幸治 裁判官宮岡章)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例